イロハニトイロ

vol.36-① 虐待を生み出すのはこの僕?

こんにちは。

イロハニトイロで所長をさせていただいている金村です。

いつも「所長の学び」としてブログを書かせていただいています。

今回は「所長の学び」というよりも「所長の考え」として、僕の考えていることを書かせていただきたいと思います。

それは「障害者虐待」の研修に出るたびに抱くモヤモヤ感。

そして上手く自分の考えを表現できない、自分への苛立ち

当然ながら今回も上手く表現できず、研修参加者の方たちには「こいつ何言ってるんだろう?」と思わせたに違いありません(← 勝手な妄想)

そこで、研修で僕が伝えたかったことをここに書かせていただく事としました。
(ただいつも通り長くなりそうなので、小分けにして書かせていただきます)

金村の自己満足的な部分が大きいです。

ご興味があれば読んでみて下さい。

金村が「障害者虐待」について思うこと。

「え?なんで?」

「なんでそんなことが起こるの?」

という単純な疑問です。

よく考えてみると不思議なことだと思うんです。

現場で支援者として仕事している方たちは、本来人助けをしたい、人の役に立ちたいという思いを抱えて仕事を始めたと思うんです。

ということは、人の事を大事にしたい、困っている人を助けたいという思いを持った心優しい方たちだと思うんです。(僕がそういう人間だと言っているみたいですね。恥ずかしい。)

最初から虐待しよう、障害者をいじめてやろう、なんて思って仕事を始める人なんていないと思うんです。

とするとですよ。

そんな心優しく素晴らしい方々を虐待に走らせているのは、その人自身の性格ではなく、その人を取り巻く現場の環境だと僕は思うんです。

それじゃあ、その会社の環境は誰が作っているのか?

それは「従業員全員」ではあるけども、

一番はそこを管理する者、つまり「管理者」だと僕は思うんです。

だから、虐待を生み出しているのは、管理者だと思うんです。

でも管理者は、むしろ「虐待を防ぐために頑張っている」と思い込んでいます。

「虐待防止の為のシステムを作ろう」と頑張っていると思うんです。

うーーーん。ここが僕の違和感なんです。

学校でも同じだと思うんです。

いじめが起こるのは、いじめている人が原因ではなく、その教室にいじめが起こりやすい仕組みや雰囲気を作っている先生、あるいは学校全体のシステムだと僕は思うんです。

なのに、いじめを起こした人を先生が厳しく教育する。

いじめをした人の家庭に問題があるかのように言われる。

支援の場でも、虐待をした人を管理者が厳しく指導する。

管理者が自分でそんなことが起こる環境を作っておいて、自分の事は罰したり反省したりしないで、虐待を起こした人が悪いと罰する、あるいは教育する。

え?おかしくないですか?

まるで自分のしっぽを噛んで追い回している犬みたい。

虐待を無くすためには、まずそのこに気付かないといけない。

ちゃんと目を向けないといけないと僕は思うんです。

もちろん研修でも、組織の仕組みが虐待を生みだす原因になっている、ということは話されます。

だから虐待を防止するための仕組みを作っていこう、と語られています。

でも僕が思う「組織の仕組み」「管理者が虐待を生み出している」って、そこで話されることとちょっと違うんですよね。

それを伝えたいんだけど、上手く伝えられない。

モヤモヤする。

自分の語彙力の無さに腹が立つ。

ですので、ここで頑張って自分なりに文字にしてお伝えしたいと思ったのです。

というところで今日は閉じさせていただいて、来週続きを書かせていただきたいと思います。

すみません。


ぜひご興味がある方は、次回も読んでください。



       イロハニトイロ管理者
             金村栄治